弱みをいかして
商品やサービスを生み出す
当事者参画型開発で大切なこと
フェリシモ・オールライト研究所の挑戦
出典:朝日新聞社「なかまぁる」
取材:岩崎賢一
「誰もにやさしく、かっこいい。表裏のない世界」をコンセプトに開発されたTシャツ、パンツ、ソックス。製品化したのは、衣料品などの通信販売を手がける株式会社フェリシモ(本社・神戸市)の「オールライト研究所」です。同研究所では今、新たなニーズにも応えられるかを確かめるため、「オレンジイノベーション・プロジェクト」(経済産業省)が推進する「認知症当事者参画型開発」に取り組み始めています。「当事者参画型開発」は、「製品化されて終わり」ではなく、開発後も多様な人たちへのヒアリングを続けることで、改善や新たなプロジェクトの探求をしています。
弱みをいかして商品やサービスを生み出せれば誰もが生きやすい社会になる
フェリシモの「強み」の一つに、社員が所属する部署やその業務に縛られずに、関心事に対し、一定の条件下で会社の「プロジェクト」と認められると、関心がある社員によって商品開発などに取り組める点です。多様な社員がいる中で、一人一人が多様な生活をしており、それぞれが持っている生活者としての知見やネットワーク、関心事は、担当業務の領域からあふれるため、それも会社の成長のパワーに取り込んでいこうという視点があります。
スタートアップさせた6人のうちの一人で、オールライト研究所代表の筧麻子さんの本来業務はIT推進部WEBビジネスグループです。研究員の永冨恭子さんは、生活雑貨事業部生活雑貨1グループで仕事をしています。取り組みに共感して途中から加わった研究員の松山都望子さんは、クラスター基板統括部品質保証部品質管理グループです。
オールライト研究所の起源は、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに始まった外部講師を招いての講演会「神戸学校」です。2021年4月、『マイノリティデザイン』の著者澤田智洋さんが「全ての『弱さ』は社会の伸びしろ」をテーマに講演し、このときのボードメンバーが筧さんや永冨さんら6人でした。永冨さんはこう振り返ります。
「社内でも澤田さんの著書に関心の強い6人が集まり、講師とともに『何か一緒にやりませんか?』という一言から動き出しました。みんな苦手やマイノリティな部分を持っています。弱みをいかして商品やサービスを生み出せれば、誰もが生きやすい社会になるのではないかと考えました」
もともとフェリシモは、①事業性、②独創性、③社会性、この3つが重なるところで商品開発をしてきました。「ともにしあわせになる」を理念にしたモノづくりです。
永冨さんや筧さんら6人が、それぞれ持つコンプレックスや他人への引け目を挙げていきました。
・ずぼら
・方向音痴
・朝寝坊
・SNSが苦手
たくさん挙がりました。
「本当にほしいお助けグッズ」と「表裏のない世界」の違い
今回のプロジェクトのデザイナーの一人である永冨さんは、障がいのある子どもがいます。永冨さん自身も自称「ずぼらでおっちょこちょい」といい、通勤電車の中で服が表裏であることを指摘されたこともありました。
「服の前後ろや表裏がなくなれば、みんなが笑顔になる……。前後、表裏を間違える人の中には、その見極めが苦手やできない人もいるけど、私みたいに面倒くさい、ずぼらという人もいます。そういう人にも届くような広い意味のマイノリティをターゲット設定にすれば、商品開発できるのではないかと考えました。商品づくりは、モノを売って幅広い人に使ってもらい、事業性を向上させないと取り組めないからです」
永冨さんは、20年前から社内で障がいのある人たちの個性や能力を活かすプロジェクト「C.C.P(チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト)」のリーダーをしていた経験がありました。このほか、C.C.Pでは、5年ほど前、重度の身体障がい児のお母さんから「ソックスを作ってほしい」と頼まれ、かかとのないソックスを作ったことがありました。筋肉が少なくふくらはぎが細いため、足のサイズに合わせると靴下が落ちてきてしまうという課題を聞き、かかとのないフィット性の高いソックスをつくりました。
発達障がいのある方の暮らしをサポートする商品を開発するため、就労支援や教育サービスを提供している「株式会社LITALICO」(本社・東京)とコラボした企画では、WEBアンケートや座談会、モニター調査などを通じて、発達が気になる子どもと家族の要望をヒアリングし、「本当にほしいお助けグッズ」を作ってきました。
永冨さんは、このような経験もあり、「裏表のないソックスも作れるのではないか」と自信を深めていきました。
ニーズがあるのか確かめるため多様な人たちからのヒアリングを繰り返す
オールライト研究所のメンバーが最初に取り組んだのは、筧さんいわく「社内のずぼらさん」を募り、ヒアリングをしました。40~50人が協力し、どのようなずぼらなのかなどをアンケートし、そのうえで積極的に協力してくれるという4~5人の「社内のずぼらさん」のグループインタビューを実施しました。筧さんはこう振り返ります。
「『プロジェクト01:表裏のない世界』は、仮説から出てきた商品企画のアイデアです。本当に必要とされるのか、ターゲットの人たちのニーズを確かめる必要があったからです」
もう一つは、障がいのある人などのニーズの確認やモニタリングです。筧さんらは、「当事者参画型開発」に必要な、サンプル品を試してもらう大人の人を探す人脈がありませんでした。人脈を持つ澤田さんに協力を求め、視覚障害者のご夫婦と車いすを利用している女性の3人を紹介してもらい、オンラインでのヒアリングを繰り返しました。
サンプルで作ったTシャツを送ったところ、いくつかご意見をもらいました。
・縫い目を見せるデザインは子どもの肌着のようで好きじゃない
・糸を目立つようにしているが、逆に裏表があるように見えてしまう
・全盲だけど触れば表裏は分かる
・車いすにずっと座っているのでズボンの丈が短くなってしまうのが嫌だ
こうしたヒアリングを受けてメンバーがミーティングを重ね、仕様を検討していきました。例えば、ズボンの腰回りのひも。ゴムだけではズレ落ちてしまうことを防ぐためにありますが、「これだと前後があるよね」「ひもをなくしてゴムだけでも落ちないようにならないか」という意見が出てひもをなくしました。ポケットは、前後対象とするため、真横に付けることにしました。
Tシャツは、リバーシブルで裏表の柄が違うと「2倍の価値がある」と初めは考えていましたが、ヒアリングでは「全く一緒なのが価値です」という意見をもらい、ポケットの縫い目が硬くならないように少しずらして付け、タグはポケット内に付け、デザインは表裏を一緒にしました。
苦労したのはソックスです。つま先の縫い目を無くし裏表が同じ柄になるようにするためには編み機から変えないといけなかったからです。
企画した商品の製品化には、当事者のヒアリングと同時に、意見を採り入れて商品化するために、企画した意図に沿って衣類をつくってくれるメーカーや実際に縫製する工場とのヒアリングや交渉も重要になってきます。筧さんはこう振り返ります。
「最初に大阪のメーカーに相談に行ったときは、『何をしたいのですか?』と聞かれ、理解してもらうために大変でした。商品化のためには当事者の意見も含め、作り手の方たちにも理解してもらい、同じ目線で取り組んでもらう必要がありますす。価格は、フェリシモが扱っている一般的な衣類よりは高めですが、お客様が付加価値を認めてくれて買っていただける範囲内でなければいけません」
東京駅前の「KITTE」内のショップで予想以上の売れ方に「そんなところで売れるんだ」
できてきたサンプル品も、障がいのある人とない人、合計で約20人に試してもらい、意見を聞きました。このときモニターをお願いした当事者のみなさんは、研究員の知り合いを頼って行いました。
2023年2月14日に発売開始した後も、WEBを通じて6カ月間、購入者から使用感等に関するアンケートを取っています。
「夫のために買いました」(高齢夫婦の妻)
「これはお守りみたいなものです」(自閉症の方)
「この靴下ならかんしゃくを起こしません」(障がい児の母親)
また、スペシャルニーズでなく、コンセプトに共感して購入していただいた方からは、「表裏がないとこんなに楽だったのか」という感想が寄せられました。
販売開始後も、研究員は福祉展を始め、さまざまなイベントに出掛け、PRも含め、当事者のニーズを探っています。改善や次のプロジェクトにいかすためです。筧さんはこう振り返ります。
「メディアの取材をきっかけに、認知症の方が参加した商品やサービス開発を支援している『オレンジイノベーション・プロジェクト』の事務局の方から連絡がありました。福祉イベントでは、『これだと紙パンツをはいていることが分からないからいいよね』という感想をもらいました。これは私たちが持っていなかった視点です。障がいのある人だけでなく、高齢者にもニーズがあるのではないかと知見を深めていきました。開発する前も発売した後も、さまざまな当事者に聞いてみないと分からない視点がたくさんありました」
東京駅前にある大型商業施設「KITTE」内のショップで行われた委託販売では、パンツが予想以上に売れ、追加発注のきっかけになりました。東京のビジネス街の商業施設で売れたことについて、筧さんは「そんなところで売れるんだ」と驚きました。作るプロセスだけでなく、届けるプロセスの重要性をかみ締めました。
高齢者といってもさまざまな状態の人がいる
筧さんと松山さんは、2024年1月31日、神奈川県高齢福祉課の協力を得て、70代前半の認知症当事者からオンラインで使用感などをヒアリングしていました。
オールライト研究所が今回とったモニタリングの手法は、説明会をしたうえで、Tシャツ、パンツ、ソックスを送って日常生活の中で使用してもらい、その感想や課題、希望などをヒアリングしていくものです。すべてオンラインで実施しています。
この日は、神奈川県高齢福祉課の職員の方々がサポートし、県庁の一室でオンライン・ミーティングに参加していました。
「ズボンのウエストの伸び縮みがものすごくいい」
こういう好評価もあれば、「これはアウターですか? インナーですか?」といった逆質問もありました。厳しい意見も寄せられました。
「カッコ悪い。かみさんにもカッコ悪いといわれました。ニッカポッカのよう。裾を足首で裾をくくっているので丈が短くて寒いというのが、使ったところの感想です。足首で裾をくくっているのは危険がないようにしているのかもしれませんが、家でゴロゴロしていると裾が20センチぐらい上がってしまってふくらはぎがでてしまいます」
「ズボンの股上が高いので、腰上まで上げないといけないことが大変でした。トイレのときの上げ下ろしが大変でした」
「毎日、かみさんは着替えに苦労しています。高齢者といっても、ピンピンした人もいれば寝たきりの人もいます。転ぶと命に関わることもあります」
Tシャツやソックスに対しては、材質について意見をいいつつ、「良いところまできているので、がんばりましょう」と語っていました。
モニタリングへの協力という形で「認知症当事者参画型開発」に参加した感想については、こう語っていました。
「認知症には誤解や偏見が多いです。共生社会になればいいと思っているので、少しでも役に立てればいいと思っています。企業が取り組むからには、上っ面な取り組みではなく、担当者は勉強してください。前向きに取り組む人たちには協力していきたいです」
母親を通じて体感した介護にもファッション性が必要な理由
松山さんの離れて暮らす母親は、コロナ禍で失語症になり、認知機能も低下してしまいました。そしてこう感じたそうです。
「介護のことを考えると、着せやすさ、脱がせやすさが介護する側にとって重要になってきます。洗いやすさ、汚れが落ちやすいといったことも大切です。家族は、介護生活が続くとしょんぼりしてしまいがちです。だからこそ、ファッション的な思考も大切だと感じました」
2024年1月1日、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(認知症基本法)が施行されました。共生社会の実現には、企業や市民の主体的な取り組みが必要になります。すでに経済産業省では、厚労省、「日本認知症本人ワーキンググループ」、「認知症の人と家族の会」とともに、「オレンジイノベーション・プロジェクト」を始めています。
「認知症の人が主体的に企業や社会等と関わり、認知症当事者の真のニーズをとらえた製品・サービスの開発を行う「当事者参画型開発」の普及と、その持続的な仕組みの実現に向けた取組を推進しています」(経済産業省「オレンジイノベーション・プロジェクトHPから一部引用」)
「オレンジイノベーション・プロジェクト」を通じて、さまざまな企業による商品・サービス開発のため、企業と当事者のマッチングやサポートが始まっています。