認知症当事者の方が、実際に認知症とどう向き合い、どう感じているのかをお話しいただく体験ワークショップを
2023年8月29日(火)、30日(水)に実施しました。
参加企業は両日合わせて13社。リアルな当事者の方のお話に、新たな気づきも生まれた2日間でした。
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平井 正明(ひらい まさあき)さん
1961年生まれ。奈良県在住。妻子同居
56歳のとき、MCIもしくはアルツハイマー型認知症の初期との診断を機に退職。 2018年一般社団法人「SPSラボ若年認知症サポートセンターきずなや』で活動を始め、当事者自ら活動する団体「まほろば倶楽部」を設立。
2020年より奈良県委託事業「奈良県若年性認知症サポートセンター」のピアサポート活動に従事。 -
戸上 守(とうえ まもる)さん
1960年生まれ。大分県在住。妻子同居
38年間地方公務員として勤め、56歳のときに、もの忘れ症状と体調不良で退職。前頭側頭型認知症(若年性認知症)との診断を受ける。
大分市の「なでしこガーデンデイサービス」に通いながら、同社が立ち上げた事業所で運輸関係の仕事にも従事。
令和2年より、大分県で認知症ピアサポート活動を現在まで行っていおり、NHK「認知症と生きるまちづくり大賞」を、施設代表の吉川浩之さんとともに受賞。
Part1 認知症にもいろいろ?発症の時の気づきとは。
- ご自身が認知症だと気付いた経緯について教えてください。
- 「仕事をしていて、何かおかしいなと思ったのが最初でした。頭の中がふわぁと宙に浮いたような感覚。そこから書類を書くのにすごく時間がかかるようになってしまった。物忘れとかはなかったのですが、医師に相談したところ脳神経内科を紹介されて脳の萎縮が見つかったんです」
- それですぐに認知症と認定されたんですね。
- 「いえ、正常ではないけど経過を見ていきましょうということで。認知症認定まで2年間かかりました」
- 2年間も!
- 「その間は仕事を続けていて辛かったですね。認知症と診断が出て、正直ほっとしました」
- 戸上さんはどんなきっかけで発症がわかったのでしょうか?
- 「事務の仕事で、字は間違う、数字の計算は間違うという事が多くなって、病院に行った方がいいよとアドバイスされて、それで脳が萎縮しているという事がわかりました」
- その時はショックだったという事はありませんでしたか?
- 「それはもう。自分では疲れているだけだと思っていたので。当時56歳で、周りがバリバリ働いているのに自分だけが働けなくなったと落ち込んで、1年ぐらい引きこもりました」
- それが今のように活動的になったのはどのようなきっかけがあったのですか?
- 「妻が無理矢理デイサービスに連れて行ってくれて。それから6年経って、自分でも元気に、病気が良くなったような錯覚を起こしております。離れていた友達ともまた会うようになり、嬉しいです。」 「今ではピアサポート活動が趣味の域になっているかな。大分県内を回って講演をして、認知症初期の方々をデイサービスに連れてくることで、その方々が空白の期間を過ごすことがなくなっているので、自分でもいい仕事をしたなと思うときがあります。笑」
- 診断されてから「空白の時間」を作らないことが大事という言葉が印象的でしたが。
- 「ピアサポート活動を通して、診断を受けた後いかにいろんな方と繋がれるか?が大事だと思い、「みまもりあいプロジェクト」さんと一緒に、「福祉SNS・ラジオ」アプリ(*)を通して、認知症当事者やご家族が経験者のお話を聞くことができるサービスを開発しました。」
*「みまもりあいプロジェクト」詳細 ▶ https://mimamoriai.net/
POINT
認知症と聞くと、物忘れなどの症状を思い浮かべがちですが、症状の程度や難しいと感じる作業は人によって大きく異なるのですね。そんな中でも「人とのつながり」を絶やさないことが、気持ちを前向きに保ち、活動的な自分を維持する鍵になるようです。
参加企業からのお声
認知症と気付くきっかけが物忘れとは限らない、というのは発見でした。
お二人とも、診断されたあとに、同じ境遇の方との交流を深めることで前向きに活動されているので、人との交流やコミュニティの大切さに気づきました。
column
サービス開発のヒント?ヒヤリ体験
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平井さんの場合
右の頭頂葉の機能低下が原因で、まっすぐ歩いているつもりでも左に寄って行ってしまい、出勤途中でホームから落ちてしまったこともありました。
乗換案内や地図サービスはすでにありますが、空いていて座れる電車や、歩きやすい道路を教えてくれる機能があると役に立つかもしれないな、と思います。 -
戸上さんの場合
一緒に出かけた妻とはぐれてしまってデパートで迷子になった経験があります。帽子は遠くからでも見つけてもらいやすいように赤色、迷子になりやすい駐車場でも家族の車がすぐに見つけられるように、車も赤色に買い替えました。
Part2 ピアサポート活動について
- お二人の日々の活動についてお聞かせください。
- 「奈良県若年性認知症サポートセンターで非常勤職員のような形でピアスタッフをしています。週に1日通いながら、拠点以外に相談を受けたり各地を回って講演をしたりしています。」
- 「大分県内を回って講演をしたり、通っているデイサービスでピアサポートの活動をしていたりします。若年性認知症の方を含めて認知症の方とは100人以上と直接話をしてきましたし、農作業からソフトボールの練習など、仲間に手取り足取り頑張って教えています。」
- 平井さんは全国の講演の際、移動はどうしているんですか?
- 「電車のダイヤを調べて1人で行きます。時刻表片手に旅行するのは昔からの趣味で得意だったんです。今でもそれは変わりません」
- 当事者の方は乗り継ぎが大変とお聞きしたことがあるのですが?
- 「私の場合は乗り継ぎを課題に思ったことはないですね。初めて行くところも駅の構内図などを事前に調べておきますから」
- では道を迷われたりはしないんですね
- 「いえ、実はオフィスビルのような目標物がない単調な空間は苦手なんです。会議室からトイレに行くと戻れなくなったりとか。その時は誰かに一緒についてきてもらって対処しています。」
- デイサービスの中で、職員に間違えられるほどサポート活動を盛んにされている戸上さんですが、そういうことができるというのはやはり嬉しいことですか?
- 「はい!明日も看護学部の生徒さんとソフトボールの試合をすることになっています。昔から野球をしている方々だから、認知症になって他のことは忘れても身体が覚えているんでしょうね。でも、いろんな症状の方がいるので、試合中も勘違いをする方がいっぱいいるんです。ヒットを打って1塁まで行くはずが、ライトまで走ってしまう人がいたりしますよ。守備でショートの人が球を捕ったと思ったら、そのままホームまで行ってガッツポーズする人がいたり。」
- 守備の人がホームイン?!
- 「せっかくホームインしたので敵味方で0.5点ずつ分け合いました。笑」
- そうやって笑い合える中だとスポーツも楽しいですよね!
POINT
認知症発症後でも、できることをできる形で工夫しながら楽しんでいるエピソードが印象的ですね。日常の中での小さな対処と前向きな気持ちが活動的な毎日につながっているようです。
参加企業からのお声
自宅で生活することが圧倒的に多いというイメージだったが、アクティブに社会と関わっており、ご自身の状態を理解しながら工夫して生活されていることが新たな気づきでした。
ぶつからない・迷子にならないということを助けるツールを開発しているので、まさしく困りごとの解決に近いようなものをプロダクトにできるかなと感じました。
お二人をみていても認知症であると気がつかないほどで、軽度認知症の方にとっては、健常者に見えてしまうことが、生きづらさに繋がったり課題になったりすることもあるのだろうか?と思いました。
column
運動は気分発散&人との大切な繋がり!
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平井さんの場合
認知症診断が出て会社を辞めたあとは、まずジム通いを再開しました。身体を動かしているとストレス発散になりますし、スタジオでヨガとかやると参加者とコミュニケーションもとれておもしろいです。
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戸上さんの場合
野球は昔からやっていますが、空間認知能力が落ちているので最初は山なりの球を投げたりして慣れるようにしています。
30年前からやっていたゴルフも再開。今はスコアをつけたら200ぐらいになってしまうのでつけませんけども(笑)うち損ったら仲間が取りに行ってくれるので楽しめます。
Part3 パソコンやスマホ、SNS事情は?
- 平井さんは普段スマホをお使いになりますか?
- 「スマホもタブレットも使っていますが、エンジニアだったこともあり自分に馴染みがあるからか、今でもパソコンの方を使うことが多いですね。」
- SNSもやられていますか?
- 「LINEは発症前から、Facebookは発症してから使うようになりました。ただ簡単な返事ぐらいはスッと打てるんですが、やっぱり文章を組み立てて入力するのは負担になりますね。音声入力機能もすごく良くなってほぼ間違いなく文字化してくれるけれど、主語などを補っていわゆる日本語の文法に則った文章にまでうまく変換してくれるようなものがあるといいなと思ったりしています。」
- 『福祉SNS・ラジオ』というアプリの開発に携われたお話を詳しく聞かせてください。
- 「コミュニケーションで、音声配信にしたのがポイントです。ながら聞きができるし、顔を出さなくていいので気軽に配信できるというアプリです」
- 戸上さんはスマホをお使いになりますか?
- 「スマホは持っていますが、ほぼ電話としてしか使っていません。写真を撮ったり、ショートメッセージを読んだりはできますけれど、家のノートパソコンを主に使っています。それこそFacebookで平井さんとも繋がりましたし(笑)、日記のつもりでほぼ毎日投稿しています。SNSをやっていたおかげで昔の友達からゴルフに誘われました」
- Facebookは昔からやられていたんですか?
- 「デイサービスの職員さんに教えてもらいました。職員さんと連絡とったり、友達と連絡とったりできて便利ですね」
POINT
個人差はあるかもしれませんが、周囲のサポートを受けながら積極的にITツールを活用されている方も多いようです。SNSでの当事者同士の繋がりがお互いの刺激や活動的な毎日のきっかけになっているのですね。
参加企業からのお声
実はご家族は認知症当事者のことを過小評価しすぎていて、こういったツールは使えないんじゃないか?交流は無理なのではないか?と思われている方が多いのですが、お二人の話を聞いて、ご家族以外の方との交流の機会を我々のツールを使って作れたらなと思いました。
具体的にはこれから検討となりますが、なにか人との交流が生まれるような場所の提供ができれば、と思います。
column
買い物・支払い事情は・・・?
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平井さんの場合
私は買い物も1人でしていて、使える場所ではスマホ決済なども使っています。ただ、どうしても使い込んでしまう症状の方もいるようなので、例えばカード会社やご家族が利用状況などが見守れるサービスがあれば、助かると思う方もいらっしゃるかもしれません。
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戸上さんの場合
クレジットカードも使いますが、つい使いすぎてしまうので買い物の際は現金を1000円とか500円とかだけ持って行くことが多いです。症状のせいで、支払いをせずに店を出てしまわないように気をつけるようにしています。
参加企業から様々な発見のお声が
認知症の方の中でもそれぞれ症状が異なるというのを知識として知ってはいたものの、実際に今回のお二人も全く症状やお困りごとが異なり、それを体感として感じられたことは大きな気付きになりました。
事前にデスクリサーチしていた認知症の方々よりも非常にアクティブで前向きであると感じました。お二方とも症状も経済活動も異なっていたので、サービスを企画していくに当たって、共通したニーズを捉えていくのはなかなか難しく、もっといろいろな方のお話を聞く必要があるなと思いました。
当事者の方が被介護者でもありつつ、有償でいろんなことをなさっていて、「労働者」でもあるということが発見でした。ピアサポート活動は、「同じ状況の人がサポートする」というのがいい仕組みだと思うので、「ピアサポート活動をサポート」できるシステムを作ることができれば、お二人のようにいきいきと輝ける人が増えるのではないかと感じました。
一人暮らしの方や周囲とのつながりのない方をどうサポートできるか?という点では、タブレットやテクノロジーが解決できることもあるかなと思いましたので、なにかご支援できればな、と感じました。
リアルなお声を聞くことで、イメージや調査だけではわからなかった課題や可能性が見つかりましたでしょうか?
当事者参画体験ワークショップが、誰もが生きやすい社会を目指す企業の皆様にとって、
製品・サービス開発を推進する一つのヒントになれば幸いです。